も皆さま、夜分遅くに失礼いたします。
本堂で阿弥陀如来像を眺めていました。
素晴らしい時間ですね。
あの仏壇で小さな絵像を安置して布教所活動を7年もしてきたプアな私の布教所にこんな大きくて凛とした阿弥陀さまがあるなんて夢のようであります。大きなおはたらきのおかげであります。私の力などありはしませんよ。
ただ南無阿弥陀仏の声を一人でも多くの方に届けたい、それだけで飛び出したこの九年間でした。何も裏付けなどない、パソコンすら扱えない私がよくぞここまでこれたなぁ、そんな想いを阿弥陀さまのご尊顔を見つめながら巡らせていました。
千葉市の実家寺を退職し、全てを召し上げられ現実の厳しさを痛感し、今まで側にいたたくさんの方が私から離れて行きました。
その時、自身の人徳のなさを目の当たりにしました。
また入間に来て飯能市での公開講座を機会に毎月お参りくださった方、門徒として一緒にお寺を育てて欲しいと願ってみたらあっという間に皆いなくなってしまいました。
また独りぼっちになってしまい新型コロナ禍で法務すら無くなって収入すら無くなってしまい正に四面楚歌に。
人生初めての営業活動をして挨拶回りを経験して自身の甘さを知らされました。
いよいよ閉所を覚悟したのですが、奇跡がありました。ダメ元で申請書を提出していた「持続化給付金」が超法寺を私を救ってくださいました。何もわからない私に「末ちゃん、まだ青色申告なんだから出してみなよ。」と勧めてくれたRさん、本当にありがとうございました。知恵を貸してくださいました。人生の何たるかを新型コロナ禍の時分にご教示くださいました。本当にたくさんの諸先輩方が助けてくださいました。感謝しきれないお返しすることすらできないほどのお力添えをいただいてきました。
愚かな私ができることはこの超法寺をお寺としていくこと、親鸞聖人のみ教えをさまざまな方々にきちんとお伝えしていくことではないかと思います。南無阿弥陀仏
善知識と言われる方々は私だけではなく皆さまの身近にいらっしゃいますよ。
ただなかなかそれに気づけないだけです。
南無阿弥陀仏を称えながら生活をしていれば必ずその素晴らしいお浄土までご一緒する善知識を知ることができます。
私の勲章は、失意の中、見捨てられた中にキラリと光る諸仏のはたらきに気づかせていただけたことであります。
生きてきたからこそ、南無阿弥陀仏の声と出遇わせていただけたからこそであります。
皆さまも是非、南無阿弥陀仏の声に出遇痩せていただきましょう。生まれてきて良かった。
おやすみなさいませ。ナンマンダブツ
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