皆さま、こんばんは。
ただいま貴院しました。
久しぶりに公共機関での移動になりましたが、やはり都会の人の多さには気疲れしますね。
入間の風が心地よいと武蔵藤沢駅を降りた私の実感であります。
池袋からラビューに乗れず、今回は行きも帰りもラビューには縁がありませんでした。
こんな時もありますよね。
さて今年最後の仏教情報センターテレフォン相談でした。おかげさまにて8件もの皆さまのご相談を受けました。
改めて皆さま複雑に様々な悩み、苦しみを抱えておられるということを教えてくださいました。私自身も、もちろん苦悩の人生を歩んではいますが、苦悩のまま、そのまま阿弥陀さまの大慈悲心に包まれていますので、煩悩の暴走はないまま過ごせています。
私は何故この世に生まれてきたのか。
何故、思い通りにならない命を生きなければならないのか。
死んだらどうなるのか。
この3つに答えられなければ意味がない。
皆さま、どうですか、わかりますか。
これが気になってきたらまさに人生のターニングポイントに差し掛かったということではないでしょうか。
【浄土真宗は聞く宗教】と言います。
学ぶ宗教ではないのです。
いや、別に学ばなくてもいい訳じゃなくて、
聞くんですよ、何を?
【如来の生起本末】を。
それを知ればおのずと、三つの問いの答えがわかります。
だから先人たちは【仏法聴聞】してきたのです。暇だから寺に参るんじゃなく(中にはそういう方もあるかも知れませんが)、生きること、生きていくことの意味を見出そうとする思いがそうさせるのです。
テレフォン相談で僧侶にそれを問うてくだされた方がありました。【聞く】のです。
ただ、それを手柄にしてはいけませんよ。
それは自力ですからね。
他力の世界がわかるために生まれてきたのですよ。この世が真実では無いことを知るために生きているのです。
阿弥陀さまは、【我が名を申すものを、浄土に生まれさせて仏にならしめん】と、お誓いくださいました。
今生きているこの世界に真実などないのです。
それを私たちは、間違いない世界だと誤解して生きているのですね。
諸行無常とはそういう意味なのです。
すべては常に移り変わるのです。
どんなことがあっても立ち止まることが許されません。だから、あるがままになるように生きていくのです。でもそれが頭ではわかっているのに、行動が伴わないのが現実なのです。
皆さまはきっと、生きるのは豊かで幸せでなければならないと思って生きておられるでしょうね。
そう思って生きると現実の厳しさに苦しみ、悩むことが多くありませんか。
お釈迦さまは、【人生は苦なり】と教えてくださいました。生きるって苦しんだ、それがわかると楽になりませんか。苦しくていいんだ、そう思えたならばきっと、肩に背負っている何かがストンとならないですか。
私はそうなりました。
生きていることが楽しくなれました。
「今」を生きることを楽しむ余裕が出来たのでストレスもあまり抱えることがなくなった気がします。この三つの問いの答えを知るだけで、どれだけ幸せな人生が開けて来ることでしょうか。
興味が出た方は是非、お寺をお参りくださいませ。「鉄は熱いうちに打て!」であります。
住職は常々そう思っています。
最近、疲れが取れない、半端ないです。
まぶたの痙攣が収まらない。
ネットではストレスを感じると•••とありましたから、知らず知らずのうちにストレスをためてしまっているのでしょうか。
生きていくって思いのほか大変だということなのでしょうね。
でも私は阿弥陀さまと二人三脚で人生を生きていますから安心です。
親鸞聖人はご和讃で、
南無阿弥陀仏となふれば、十方無量の諸仏
は、百重千重囲繞して、よろこびまもりたま
ふなり。
と、仰っておられます。
つまり、ナンマンダブツの人生はひとりぼっちにはならない安らぎの人生なのです。
有り難いです。南無阿弥陀仏
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